嫌われる勇気と嫌われようとする勇気は違う!気をつけろ!
ちょっとまえに、アドラーの「嫌われる勇気」という本が流行りました。
皆さん、覚えてますかね?『嫌われる勇気』がベストセラーになった時、本屋に行くと、アドラーの心理学とかアドラー入門といったタイトルの本がズラッと並んでいる光景を思い出します。
あの本、何であそこまで売れたんでしょうかね?
本が売れるっていうのは、タイトルに敏感に反応した人達がたくさんいたって事です。
「嫌われる勇気」。上手いタイトルですよね。
僕らって、子供の時はもちろん、大人になっても、人の顔色を見て生きています。
とくに、学生時代は、一人ぼっちになるのが怖いから、「今日はOOちゃん機嫌が悪いから、優しくしなきゃ」とか「このままだといじめに合うから、目立たないようにしよう」とか、日常のほとんどを人の顔色を見る事に費やします。
でも、長時間、人の顔色を見る事に費やすと、どんどん自分の心が疲れて来る。
そりゃそうですよね?自分の意見を押し殺して、いつもいい顔をしていたら、精神的に病んで来るのが当たり前です。
きっと、アドラーの「嫌われる勇気」は、そんな人達の背中を押したんだと思うんですよ。
「よし、明日から、いや、今日から嫌われる勇気を持って、嫌な事には嫌と言うぞぉ!はっきりとNOと言ってやる!私は私だぁ!」
そんなふうに、「嫌われる勇気」を読んで、気合いを入れた人がいたのではないでしょうか。
でもね、僕は嫌われる勇気が重宝される中で、一つ気をつけておこなければいけない事があると思うんです。
それは、嫌われる勇気と嫌われようとする勇気は違うということ。
僕は、この2つの違いをはっきりさせておくほうがいいと思っているんですよ。
僕は、嫌われる勇気を持って行動しているつもりが嫌われようとする勇気になっている人が多くないか?という疑問をずっと持っていたんです。
しかも、嫌われようとする勇気を持っている人達って、まぁまぁムカつくんですよね(笑)
今日は、どうして嫌われようとする勇気は意味がないのか?についてお伝えしたいと思います。
嫌われようとする勇気を持つ人は、結局、自信がない!
嫌われようとする勇気を持つ人って、自分では気がついてないんです。
自分では、しっかりと嫌われる勇気を持って行動していると思い込んでいる。
僕は、こういう人を嫌われる勇気勘違い型と呼んでいます(笑)
で、嫌われる勇気勘違い型の特徴として、人とコミュニケーションした後に、落ち込んだ表情を見せるんですよ
つまり、嫌われる勇気をモットーに、交流会とか親睦会とかに参加して、空気を読まずに、ガンガン言いたい事言って、ガンガン無愛想で話すとします。
当然、周囲の人から嫌われるんですけど、嫌われる勇気勘違い型の人を後から観察すると、ガッツリ落ち込んでいるんですよ
要するに、嫌われる勇気をモットーにコミュニケーションしたはずなのに、人に嫌われた事をめちゃくちゃ気にしているんです(笑)
僕はそんな時、心でツッコミます。「いや、いや、あなた、嫌われた事を気にしちゃってるじゃん!だったら無理する事ないのに!それって、嫌われようとする勇気だろ!」
ただ、僕は嫌われる勇気勘違い型の気持ちもよく解るんです。
きっと、嫌われる勇気勘違い型の人達は、子供の頃から自分の意見を言うのが苦手だし、緊張してしまう気の弱い人だった。
また、周囲の人達にも意見を言えないから甘く見られて、どんどん自分を嫌いになって行ったんだと思うんです。
「ちきしょう!みんな馬鹿にしやがって!俺(私)だって言いたい事はある!」
そんな劣等感がグツグツと煮えたぎって、大人になったものだから、20代後半でいよいよ爆発して、嫌われる勇気勘違い型が誕生したんだと思うんです。
気持ちは本当によく分かる。僕もどちらかと言えば、気の弱い性格です。
無理して、自分を強く見せる人の気持ちは理解できます。
だけど、結局、それは自信の無さの裏返しなんです。嘘の自信なんですよ。
僕らが本当の自信を得るためには、どこかで嫌われる勇気勘違い型を卒業しなきゃいけない。
自信がある人は、自分の劣等感を知っている!
一回、整理しましょう。
嫌われる勇気を持つ人とは、嫌われる事を恐れずに、自分の意見をしっかり言えて、コミュニケーションを楽しめる人。
嫌われようとする勇気を持つ人とは、嫌われる事を恐れているんだけど、その事を隠して無理に強い自分を演じてしまう人。結果、嫌われた事で物凄く落ち込んでいる。
またの名を嫌われる勇気勘違い型。
僕はこんなふうに整理してみました。皆さんは、どんなふうに思ったでしょうか?
で、ここからが本題です。
じゃあ、どうすれば嫌われる勇気勘違い型を卒業して、本物の自信を手にする事が出来るのか?どうすれば本当の嫌われる勇気を持つ事が出来るのか?ちょっと考えてみましょう。
僕は思うんです。自信とは、自分の劣等感を知る事なんじゃないでしょうか。
よくよく考えてみてください。嫌われる勇気勘違い型の人は、本当は嫌われるのを怖がっているのに、怖がってないふりをしています。
それは、自分の気の弱さ、意見を言おうとすると緊張してしまう自分を認めていないという事です。
要するに、自分で自分の事が大嫌いなわけなんですよ。
だから、他者から嫌われるのを怖がっているくせに、怖がってないふりをしてしまう。
これは、自信を持つ事とは、劣等感を消すこと、コンプレックスを消すことだ、という勘違いから生まれていると思わずにはいられません。
しかし、僕は歳を取れば取るほど、逆だと思えて来るんです。
自信を持つって、劣等感を認めること。もっと言うと、どんな劣等感があるのか?を知ることだと思うんです。
さらに詳しく説明しましょう。自分の劣等感を知ると、自分がどんな時に何を言われると傷ついたり、落ち込んでしまうのか?が解るようになって来ます。
そして、自分の劣等感が解って来たら、あとは折り合いをつけるだけなんです。
劣等感を無くそうとするんじゃありませんよ、無くそうとすると、また別の自分を演じてしまう。
そうじゃくて、自分の劣等感と折り合いをつける。これ大事です。
嫌われる勇気は、脱貧困にも役に立つ
本当の自信を持つこと、本当の嫌われる勇気を持つことは、脱貧困を目指すうえでも重要です。
と言うのも、貧乏人、貧困予備軍は、劣等感いっぱい、コンプレックスがいっぱいだからなんですよ。
だから、バイト先や職場で、しなくていい喧嘩とかしちゃって、人間関係を悪くして、居心地を自分から悪くする。
そんな事を減らすためにも、自分の劣等感を知る事は、とても重要です。
いかがでしたでしょうか?
あなたの勇気は、嫌われる勇気ですか?それとも嫌われようとする勇気ですか?
ぜひ、共に本物の嫌われる勇気を身につけようではないか?!