みんな違ってみんないいを諦める時、争いが起きると思いませんか?
童話詩人・金子みすずという人をご存じですか?
金子さんの有名な詩に、こんな言葉があります。
全文を引用すると長くなってしまうので、私が重要だと思う部分をご紹介します。
題名「わたしと小鳥と鈴と」
わたしが両手をひろげても、 お空はちっともとべないが、 とべる小鳥はわたしのように、 地面(じべた)をはやくは走れない。
わたしがからだをゆすっても、 きれいな音はでないけど、 あの鳴るすずはわたしのように たくさんのうたは知らないよ。
すずと、小鳥と、それからわたし、 みんなちがって、みんないい
どうでしょうか?、いい詩ですよね?
私は、金子さんの「わたしと小鳥と鈴と」が大好きなんですよ。
当ブログでも、みんな違ってみんないい、の思想を下敷きにしたライフハック記事を何本か書いて来ました。
数年前、CMでこの詩が使われて、話題になったので知っている人も多いと思います。
しかし、金子さんのこの詩は、熱狂的なファンがいると同時に、根強いアンチがいるんです。
金子アンチの皆さんの代表的な意見を発表しましょう。
「はぁ?、みんな違ってみんないいなんて無理に決まってるだろう、じゃあ、聞くけど、犯罪も自殺もみんな違ってみんないいの精神で全部許すわけ?、それは問題でしょ?」
確かに、言いたい事は解ります。
しかし、金子さんは犯罪や自殺を許していいと言っているわけではない、と思うんです。
ちょっと説明させてください。
犯罪や自殺を無くすための詩なんじゃないか?
私は思うんです。
金子さんのみんな違ってみんないいの詩は、むしろ、犯罪や自殺を無くすための言葉なんじゃないか、と思うんですよ
考えてもみてください。
犯罪はなぜ生まれるのか?
それは、自分以外の他者を敵と思うことから始まります。
そして、自殺は自分を無価値に思う事から生まれる願望です。
犯罪も自殺も、みんな違ってみんないいを諦める事から生まれるのではないか?と私には思えるんですよ
逆に言えば、犯罪や自殺は、「答えは一つしかない」、「自分だけが正しい」というみんな一緒でみんないい、という一元論思想から来るのではないか、と思えてなりません。
ですので、そもそも「みんな違ってみんないい、なら犯罪も自殺も認めるのか?」という意見は的外れなんです。
壁をつくる事で生まれる新たな争い
なぜ今回、金子さんの詩をテーマにしたのか?
それは、アメリカのトランプ次期大統領の影響があります。
トランプ次期大統領の政策には、こんなものがあります
不法移民排除
メキシコ国境に壁
これどう思いますか?
私は学歴の低い人間ですが、この二つの政策を私なりに簡単に説明してみます
要するに、「これ以上、移民が入って来ちゃうと、アメリカ人の住む家や仕事が無くなっちゃうから、入って来るな!」って事ですよね?、そうですよね?
でも、これ普通に考えて、じゃあ、移民はどこに行けばいいんでしょうか?
いつか行き場の無い移民たちの怒り、悔しさが何かのタイミングで爆発するように思えて仕方がないんですよ、私は。
もちろん、解決策を今この場で思いつく事は出来ません。
しかし、私には、今多くの人が金子さんの詩とは逆の思想に流れている、と思えるんです。
世の中全体が「自分と違う人はいなくなってもいい」という雰囲気に成りつつある。
それは、とても危険な事です。
私達に出来る事があるとすれば、それは一つだけ。
みんな違ってみんないいを諦めないこと。みんな違ってみんないいを諦めた先には、激しい争いが待っています。
どうか、忘れないで!
共に、みんな違ってみんないいを諦めないで行こうではないか?!