脱貧困ブログ

ひきこもり、ニート、うつ病、障害者、ネットカフェ難民、ホームレス、パワハラ、貧困状態の人を助ける情報を発信して行きます

私が「会社で頑張ります」と言う若者に「生きて帰って来いよ」と伝える理由

f:id:kentaroupeace:20180122024338j:plain

私、先日、こんな事をツイッタ―でつぶやきました

[https://twitter.com/billywilder8/status/954506375333265408:embed#「僕(私)は会社で頑張るしかないんです!」と言う若者に会うと、「生きて帰って来いよ」という言葉を贈りたくなる

会社に身を捧げて、仕事をするのは、戦争に行くようなもんだから

会社の期待には答えなくていいし、自分の気持ち優先でいい。

仕事なんて、頑張ってやるもんじゃないよ、本当です]

 

↑これ読んで皆さん、どう思います?

きっと、「いや、戦争って言うのは大袈裟でしょ?」とか「命取られるわけじゃないんだからさぁ~(笑)」と思った人がいるでしょう

 

でもね、僕はどうしても大袈裟に思えないんですよ

正確に言うと、その若者(30)は、こんなふうに言ったんです

「自分が選んだ道なので、しょうがないから会社で頑張ります!」

 

はい、出ました、「しょうがない」。これはね、危険な言葉なんですよ

もしかしたら、今、「えっ?、仕事ってしょうがないからやるものでしょ?、嫌な事でも我慢してやるものでしょ?、普通じゃん」と思った人いるでしょ?

 

はい、確かに、我慢してやるものですね、生活のためにしょうがないからやるものですね

しかし、ここで大切な言葉を読者の皆さんと再確認したいと思います

 

我慢にも限度がある、という言葉です。

大事な事なので、太文字でもう一度、言いますね

我慢にも限度があるんですよ

 

そして、その限度、限界をちゃんと把握しながら、仕事をしているのか?、と僕はその若者に言いたかったんです。

だって、そうでしょ?

 

今、多くの人が我慢の限界、限度が解らなくなってしまっているじゃないですか?

我慢の限界、限度が自分で解らなくなってしまうからこそ、過労死やパワハラ、セクハラの問題が浮き彫りになっている

 

皆さん、以下の事件を忘れたわけじゃないでしょ?

www.excite.co.jp

www.itmedia.co.jp

電通のあの女の子もNHKの記者さんも死ぬ必要はなかった

不名誉な事ですが、世界的な有名な過労死って言葉は、日本が作った言葉なんですよ

日本は、他国の人が異常に思うほど、働き過ぎの国なんです

だから、この国では、仕事を中心に生きてしまうと、仕事に殺される事だってあるんですよ

 

そんなふうに考えると、僕が戦争に例えた気持ち、「生きて帰って来いよ」と言いたくなってしまった気持ちも解るでしょ?

「しょうがない」とか「仕方がない」という言葉で自分の素直な気持ちにふたをすると、自分の心が死んで行くんです

 

じゃあ、どんな気持ち、心構えで仕事をすればいいのか?!

それをお話ししますね

 

仕事はいい加減にやろう!

 いい加減にやる、という気持ち、心構えで仕事をしましょう

「はぁ?、いい加減にやってたら給料減っちゃうだろう?、おまえは馬鹿かよ?!」

こんなふうにキレた人がいるかもしれませんね

はい、確かに馬鹿なんですけど、じゃあ、質問させてくださいよ

 

心が病んで来ているのに、それでも仕事を優先しちゃう人だって、けっこう馬鹿でしょ?

どっちが人生を楽しんでる馬鹿かって言ったら、絶対に僕の方ですよ

 

いやね、もちろん、誰が見ても解るようにサボりましょう、と言っているわけじゃありません。

怒られない程度にやっておこうよ、と言いたいだけなんですよ

僕らのヒーロー、釣りバカ日誌」のハマちゃんを思い出してください。

釣りバカ日誌 98 (ビッグコミックス)

ハマちゃんは何のために仕事してますか?、大好きな釣り(趣味)と家族のためでしょ?

ハマちゃんは釣りと家族に会う時間を削って、仕事したりしないでしょ?

ハマちゃんのあの姿こそ、僕らが目指すところなんです。けして、仕事し過ぎで過労死するためじゃないですよね

 

あなたの職場にいませんか?、頼まれてもいないのに、自分からバンバン仕事しちゃう人。

で、結局、周囲に「あの人に頼めば何でもやってくれるんだなぁ」と勘違いされて、やらなくてもいい仕事を引き受けちゃうお人好し。

そういう人にくれぐれもならないようにしようね、と言っているだけなんです

いいですか?、いい人=都合のいい人ですからね、お忘れなく!

最後に、参考になりそうな本をご紹介しておきます

 「死ぬくらいなら会社辞めれば」ができない理由(ワケ)

「死ぬくらいなら会社辞めれば」ができない理由(ワケ)

 

 ↑の本には、自分の我慢の限界、限度に気づかせてくれる言葉がたくさん書かれています。

とくに印象に残っているのは、「できないと頑張ってないはイコールじゃない、精神論だけで乗り越えられるものは多くない。頑張る事が目的になって疲れてしまっては意味がありません」という言葉。

ぜひ、覚えておいてください。

その若者は、「今後、仕事が忙しくなって、休日に軽く飲みに行く時間も無くなるかもしれません」、と言っていました。

やっぱり言いたい、「生きて帰って来いよ」

共に、いい加減に仕事をして行こうではないか?!

人は目標よりもメッセージを考えた方がいい理由

f:id:kentaroupeace:20180118032037j:plain

だいぶ遅れましたが、明けましておめでとうございます

脱貧困ブログ管理人、浅野(@billywilder8)でございます

今年もよろしくお願い致します

 

さて、おそらく皆さん、今年の目標、考えたでしょ?

あれね、辞めた方がいいですよ笑

えっ?、なぜかって?、よく言われる事ですが、目標達成出来なかった時のカウンターパンチがかなり痛いからです笑

自己嫌悪がハンパない

 

毎年、毎年、「あぁ~、今年も目標達成出来なかったぁ~」と、嘆き悲しんでると、精神的によろしくない。

こんな事を言うと、「気合いが足りないんだよ、本気を見せろ」と、根性論を押しつけて来たり、「じゃあ、目標を低くしましょう」とか言って来る人がいるかもしれない。

でもね、どちらの意見もあんまりパッとしない。だってさぁ、気合いでどうにもならなかっから、目標未達成なわけだし、目標を低くすると、そもそも達成感がない。

 

もぉ~、じゃあ、どうすりゃいいの?、と思った、その時、私、名案を思いつきました。

今年一年を通して、どうしても伝えたいメッセージを考える、という名案です。

 

「いや、そんなメッセージなんかねぇよ!」、と思った、そこのあなた、本当に無いですか?

じゃあさぁ、質問だけどさぁ?、自分のSNSとかブログとかに、日常の生活で味わった、ムカついた事、嬉しかった事、モヤモヤした事を投稿したりするでしょ?

 

あれだって、フォロワー、読者の皆さんに向けた立派なメッセージなんじゃないの?

「会社の上司、マジでくそ、あんなのでよく先輩面出来るよなぁ~」的なつぶやきをしたら、その愚痴には、「どうしてこんなにたくさん上司の事で悩むサラリーマン、OLがいるのかね?、やっぱり俺(私)達の働き方っておかしくない?」っていう問題提起という名のメッセージになってるんですよ

 

自分が伝えたいメッセージは日々の怒り、喜びの中にすでに存在していて、その存在に気がついてないだけだったりする

だったら、自分の中に隠れているメッセージを表に出して、そのメッセージをどれだけの人に伝えられるか?、を目標にしたらいい。

それは、つまり、目標をわざわざ考えるよりも、世の中、社会に伝えたいメッセージを考えたほうが自然だし、ワクワクするんじゃないか、ということ。

 

ちなみに、僕が一年を通して、伝えたいメッセージを以下の2つです

 

その1・経済的に役に立たなくても死ぬことはない!

僕がこのブログでテーマにしている脱貧困、反貧困の想いは、すべて「経済的に役に立たなくても死ぬことはない」というメッセージに集約される、と思っているんです

 

もっと言うと、「経済的に役に立たないからって、死を選ばなくてもいい」と言ったほうが正確かもしれない。

そんなのは、当たり前だろ!、とツッコミたくなったかもしれないけど、でも、本当に当たり前だと思えてますか?

僕らは、この社会の中に生きていく中で、「自分は何の役に立っているのか?」という事に囚われすぎだと思う。そして、何より恐ろしいのは、自分が日々、経済的に役に立つ人でなければいけない、という名の悪霊に憑依されている事に気づいてない人が多いって事なんですよ

 

だから、これほどまでに「生きづらさ」を抱えている人達が多いんじゃないでしょうか?

生存は、許可制であってはいけないし、褒美であってもいけない。

生存とは、無条件に肯定されるべきものである

 

このメッセージを今年も発信して行きたいと思います。

 

その2・人生に勝ち負けはない

社会の面白さって言うのは、勝ち負けがない所だと思うんです

いや、金持ってる人と貧乏人がいて、勝ち負けがあるんじゃん!、と思う人がいるかもしれない

でもさぁ、金持っている人は持っている人で、けっこう大変そうじゃないですか?

 

確か、「バカの壁」で有名な養老さんがこんな事を言ってたんですよ

「人生レースは、先頭を走ってれば安泰ってわけじゃない。先頭を走ってたが故に、事故にあったりして、逆に後ろを走っていたから命拾いしたって事があるんだよ」

これ、その通りだなと思うんです

 

よくテレビのニュースで、一流企業に入った社員が過労死したり、一流大学に入った学生さん達が調子に乗りすぎて、犯罪に手を染めたりする事件を目にしたりしますよね

ああいう事件なんかも、ある意味、トップを走って来てしまった人達の歪みなんじゃないか、と思う事もあるんですよ

 

どこかで、「ゆっくりでもいいや」と思えたら、途中で立ち止まる事が出来たんじゃないかって

そんな事を考えると、「人生に勝ち負け」はない。勝ち負けを自分で作ってしまっているだけだよって思うんです。

 

さぁ、皆さんのメッセージは何でしょうか?

共に、メッセージを発信して行こうではないか?!

私がNEET株式会社に就職した理由

f:id:kentaroupeace:20171206223709j:plain

突然ですが、わたくし、NEET株式会社に就職しましたぁ~

「えっ?ニート?、何?、その会社?」とか「はぁ?、まだあったの?」とか、いろいろなツッコミが聞こえてくるような気がします笑

 

お答えしましょう

まだあります。簡単に言ってしまうと、NEET株式会社とは、「ガチなニートとほぼニート(フリーター・ワーキングプア)などが集まって形成されている列記とした株式会社です

 

ニートだけの会社なのに成立してるの?、と疑問に思われるかもしれませんが、ちゃんと成り立っています。

ただ、もちろん、一般的な企業とは違いますよ。

固定給は無いし、全員が取締役で、部下や上司と言った概念がありません

全員、毎年3000円の自社株を買うことが義務になっていますが、株を売って利益を得るみたいなことはありませんし、特に決まったオフィスもない。

事業内容は、「一切の事業」となっていて、法に反することでなければ好きなように事業を立ち上げてもよいし、何もしなくても良い

ざっくり言うと、上記のルールで運営されている会社なんです。

2013年2月、人や組織のコミュニケーション研究をしていた若新雄純氏が中心となり、設立準備チームが発足され、 同年11月、約160名のニート状態の若者が取締役に就任、「NEET株式会社」が誕生しました。

そして、2017年、新規メンバーの募集が発表され、僕はその募集に応募した、というわけなんです

現在は、約125人の取締役で、運営されています

もっと、弊社を知りたい方は、ぜひ以下のWEBサイトを見てみてください。

ちなみに、現在、新規メンバー募集は終了しています

news.infoseek.co.jp

entry2017.neet.co.jp

さて、この記事をここまで読んだ方は、なぜ、あなたは、そんな変な会社に入ったの?、と不思議に思っている事でしょう。

実は、僕がNEET株式会社に入った理由は、当ブログのテーマである脱貧困と深く関係しています

ご説明しましょう

 

社会不適合者だからこそ集まろう

元カリスマニートとして、有名なPhaさんが自身の本で、こんな事を言っています。

ニートの歩き方 ――お金がなくても楽しく暮らすためのインターネット活用法

ニートの歩き方 ――お金がなくても楽しく暮らすためのインターネット活用法

 

 弱いものこそ集まろう、「集まっていると、死ににくい」。名言だと思う。

ニートのような弱い立場の人間ほど、仲間をつくる事は重要だ

マイノリティのコミュニティを探そう!

 

一般的なレールから外れて生きる事を目指すなら、同じような境遇の仲間をみつけよう

自分が多数派の場合は、特に深い疑問を持たずに一般的に当たり前だって決めれたことを守って目立たないようにしていれば基本的になんとかなったりするんだけど、少数派に当たる人間はこの多数派だらけの世界の中で、死なないために仲間を作って協力したり、情報交換をしたりしていく事が必要になる。

 

さぁ、読んでみて、どう思いました?、素晴らしいコミュニティ論ですよね。

当ブログのテーマは、二つあります。

一つは、半分貧困当事者である僕自身が、ガチの貧困にならないようにするためにはどうするか?を考え続けていくこと。

二つ目は世の中から貧困を無くすためにはどうすればいいのか?を読者の皆さんと一緒に考えていくことです。

で、この「脱貧困」を中心とした二つのテーマを考えた時、今すぐにでも出来る事は何でしょう?、それは、Phaさんが言うように、『マイノリティのコミュニティに入って、相互扶助の関係をつくること』なんですよ

 

これこそが、僕がNEET株式会社に入った一番の理由です

当ブログを昔から読んでくれている人は、僕が長い間、「コミュ二ティの重要性」、「人とのつながりが自分のセーフティネットになる」と訴えて来た事を知っていると思います。

まさに、NEET株式会社は、マイノリティのコミュニティとして機能している、と僕は考えたわけです。

そして、上手く行けば、自分達で仕事も作れちゃう、入らない理由がありませんね笑

もしかしたら、この記事を読んで、「自分も入りたかった、新規募集に気がつかなかった・・・」と後悔している人がいるかもしれません。

 

残念ながら、新規募集は終わってしまいましたが、弊社の取締役じゃなくても、遊びに行ったり、参加できるイベントもあります。

弊社の代表取締役の一人、仲陽介さんのツイッタ―をチェックしてみてください。 

一般参加可能なイベントもあるので、ぜひ遊びに来てくださいね

共に、コミュニティを作って、相互扶助関係を作って行こうではないか?!

結婚って、結局、おカネ?ワークショップ&座談会(このイベントは中止になりました)

f:id:kentaroupeace:20171204015229j:plain

どうも、脱貧困ブログ管理人、浅野健太郎 (@billywilder8) | Twitterです

注意・17日に予定していた今回のイベントですが、ゲストの婚活セミナー講師・月見さんが体調不良により、来れなくなってしまいました。
そのため、このワークショップ&座談会は中止にさせて頂きます。

予定をあけて頂いた方、本当に申し訳ありません

 

このたび、2017年12月17日(日)に婚活セミナー講師・石田 月美(イシダ ツキミ)さんとワークショップ&座談会を開催する事になりました。

 

テーマは、『結婚って、結局、おカネ?、「低年収と結婚」と「貧困と結婚」をテーマに語り合いたいと思います。

この座談会をやるにあたっての僕の想いを聴いてください

 

結婚と低年収を考えなきゃいけない時代!

結婚する時、相手の方に求める事は何でしょうか?

容姿、性格の相性、どんな仕事をしているか?

いろいろ考えると思いますが、女性なら、以下の言葉が真っ先に脳裏に浮かんでくるのではないでしょうか?

それは、ズバリ、『年収』です

1991年にバブルが弾け、それ以降、日本は不景気を味わって来ました。

経済が不安定な時代になればなるほど、女性の皆さんが結婚を考える時、年収が高い人を求めるのは当然と言えば当然です。

男性達も、女性の皆さんのそんな想いを察知して、「年収を上げなければ」と、息巻いている人が多い。

そして、逆に年収が低い男性達は、結婚する事を諦めていたりする

どうして、こんなにも結婚する事が難しくなってしまったんでしょう?

僕は、日頃から、「おひとりさま時代」、「生涯未婚時代」の現代に、『年収と結婚』というテーマで、皆さんの意見を聴いてみたいと思っていました

そんな想いから、今回、この座談会&ワークショップを企画しました♪

『ウツ婚!!』という精神疾患(鬱,依存症,人格障害など)を持つ女性たちに向けた婚活セミナーを開催している石田 月美(イシダ ツキミ)さんをゲストにお招きして、皆さんと語り合いたいと思います

 

【日程】

2017年12月17日(日)

 

【時間】

12:00〜14:00

(参加される方は、会場に直接、おいでください)

 

【会費】

2,000円

 

【定員】

11名

 

【参加資格】

・結婚と年収、結婚と貧困というテーマに興味のある方

・ご自分の幸せに真剣な方

 

【場所】

新宿駅D5出口30秒!コモンズ新宿西口会議室

https://www.spacee.jp/listings/5642

 

【住所】

東京都新宿区西新宿7丁目1-7

 

【申込方法】

件名に「結婚って、結局、おカネ?座談会参加希望」と書いて、billywilder@pfm.nir.jpまでお送りください。

なお、お名前と連絡先も送ってください。なお、参加確定再確認のご連絡をさせて頂きます。ご了承ください

 

【タイムスケジュール】

12時開場

12時15分スタート

浅野の話し(テーマ・低年収でも出来る結婚のかたち)20分

月見さんのお話し・20分

質問タイム+参加者の皆さんとの意見交換・ワークショップ

13時45分 帰り準備

 

【登壇者の紹介】

 

 石田 月美(イシダ ツキミ)

石田月美 (@2kimixxx) | Twitter

1983年生まれ、東京育ち。
大学在学中に鬱・過食症摂食障害)になり対人恐怖・引きこもり・パニック障害など多くの精神疾患を抱えていた。体重は90kgまで増え無職で実家に寄生していたが、婚活と結婚をきっかけに症状が回復し続けている。
その経験を元に『ウツ婚!!』という精神疾患(鬱,依存症,人格障害など)を持つ女性たちに向けた婚活セミナーを開催している。約六年間の活動を通じて100人を越えるメンヘラ女子たちの悩みを聞いてきた。そこから婚活というプロセス自体が治療効果を持つとして「病んでいても恋」「病んでいても結婚」「病んでいても出産」がしやすい社会を作るために日々奮闘中。
夫は身体の障害者であり自身は精神の障害者であるので補い合って結婚7年目を迎える。不妊治療の成功により第一子は現在二歳。第二子も妊娠中である。

浅野 健太郎(アサノ ケンタロウ)
フリーライター&ブロガー
月7万PV・読者登録1000人の人気ブログ『脱貧困ブログ』を運営。
貧困問題に興味を持ち、自立支援NPOにボランティアとして参加。
お金がない人のための合コンイベント『貧コン』スタッフ
ニート株式会社取締役。

社会不適合者でも楽しく生きていけると断言する3つの理由

社会不適合者の人生戦略

突然ですが、私は社会不適合者です

「おまえは、急に何を言ってるの?」と、つっこみたくなったと思うので、ご説明しますね

私は現在、1981年生まれの35歳で、職業はフリーライターです。

と言っても、締切に追われて、胃がキリキリする思いを味わいたくないので、月に2・3本の記事を書いて、後は普通にバイトしてます。

 

10年前から年収約250万円で、貧乏生活真っ最中、要するにワーキングプアです

んで、家は、家賃・光熱費・一食つきで、4万円のところに住んでます。

「えっ?、超いいじゃん!、何でそんなに安いの?」と、疑問に思ったでしょ?

 

お答えします。実家だから、そこまで安いんです笑

ついでに言うと、貯金もそれほどない。

どうでしょうか?、なかなかの社会不適合者でしょ?、自分でもそう思います笑

 

35歳で、貯金もそれほどなくて、低収入のフリーターで、実家住まい。

普通だったら、男女問わず、絶望すると思うんです。

「うわぁ~、この先どうすりゃいいんだよぉ~」と、頭を抱えると思います。

 

しかし、私、全然、ぜーんぜん、気にしてない。いや、正確に言うと、ちょっとは気にしてるんですけど(笑)、でも、絶望しているわけじゃない。

なぜ、気にしないでいられるのか?!、その秘密は、私の思考方法にあります

 

誰しもが私のようなポジティブ社会不適合者になれ!、と言いたいわけではありません。

でも、べつに、社会不適合者じゃなくても、生きづらさを感じる世の中です。

私のような人間の思考方法が、社会に適合出来ちゃってる人の生きづらさを逆に緩和させる事もあるんじゃないか?

 

そんな事を思って、こんな記事を書いてみました。

ぜひ、参考にしてください。主に、以下の3つです。

 

生きる事に誰かの許可はいらない

昔、こんな事を言った作家がいました。

『生きることは無条件に肯定されるべきものだ

生存は「褒美」であってはならないし、「許可制」であってもいけない』

不器用で物覚えの悪い私は、20代前半にこの言葉を知った時、恥ずかしながら感動して泣きました

「生存は何かをした褒美じゃないし、誰かに許可を貰う必要なんてなかったんだぁ~、うわぁ~」と、泣き叫びましたよ(笑)

その通りだと思いませんか?

 

私達は、資本主義をモットーにしながら、競争社会の中で生きています。

毎日のように、経済的に役に立っているか?、生産的か?を求められる。

 

だから、この社会には、「とにかく常に競争に勝ち抜いた上に生産性が高く、いつもスキルを磨く努力を怠らずに、即戦力となれる人間であれ」的な、市場原理に過剰反応しろ、というメッセージで溢れています。

 

でもね、一言、言わせてほしい!

 

社会に蔓延するそのメッセージの圧力こそが、世の中に「生きづらさ」を生み、うつ、自殺、過労死などの社会問題をつくる大きな原因になってるんじゃねぇの?

 

そもそも、『競争に勝ち抜いて勝ち抜いて勝ち続けないと、「生きる」事さえ認められないなんて事自体がおかしい

そんな事を考えて行くと、私は以下の素晴らしい結論に辿り着いたんですよ

 

社会不適合者として生きる事自体が、「常に利益を生む出す人間であれ」、「役に立たない奴は生きる価値などない」というメッセージを発信し続ける世の中への抵抗である、と

 

どうですか?、楽しくなって来たでしょ?笑

 

「助けて」を言う事が強さだ

多くの人は、「強さ」を勘違いしてます。

強さとは、誰かに頼らずに、自分一人で生きて行く事ではありません。

強い人とは、困った時に遠慮なく、「助けて」と言える人、「SOS」を出せる人の事を言うのです。

 

以前、こんな事がありました。

私のブログを読んだ一人の女性がメッセージをくれました

メッセージの内容は、「生活に困っているので、相談にのってほしい」という事でした。

その方は、うつを患っていて、会社を辞めたばかりで、いつか無くなってしまう貯金額を気にしている状態でした。

事態を深刻に思った私は、すぐに生活保護の利用をすすめます。

しかし、彼女は、生活保護の利用を全力で拒むました。

理由が解りますか?、彼女は、親に連絡される事を嫌がったんです

生活保護には、扶養照会というものがあります。

虐待されて逃げているなどの特別な理由がなければ、原則、親や親族に「あなたの親族が生活に困窮しているので、助ける事は出来ませんか?」という連絡が行く事になっているんです

 

彼女は、扶養照会を嫌がった。

それは、彼女のプライドでした。「親に弱い所を見せて、親に舐められたくない」という想いが強かったわけです。

私は彼女の想いを受けて、支援団体や生活保護に詳しい人に連絡をし、なんとか方法を考えようとしました。

しかし、扶養照会の事を知った彼女は、それから連絡が取れなくなってしまったんです。

 

彼女のような人と何度か会って来た事から、私は悟りました

強さとは「弱さ」を見せれること。

肉体的、精神的な虐待をされているわけでないなら、彼女は親を頼っても良かったんじゃないか?、と今でも思います。

 

人は一人では生きていけない。

自分の弱いところをどんどん見せて、困ったら遠慮なく人に助けてもらいましょう

実は、私が冒頭で、自分の恥の部分を紹介したのも、ある意味、自分の弱さを見せる練習でもあるんです。あなたも日頃から、自分の「弱点」、「恥」を笑って話せる練習をしておきましょう。

デブである事を笑いにしている芸人は、デブである事がコンプレックスになりません

隠していないからです(笑)

「すいませーん、助けてくださぁ~い、バカですんません」と、明るく頼めば、それでいいんですよ

そして、あなたも同じような人を出来る限り助けようとする、相互扶助の関係を作るんです

それこそが強さですよ。

 

社会保障をどんどん使う

「生存に許可がいらないこと」、「強さとは助けてを言えること」

この二つをモットーに生きていけば、社会不適合者でもわりと楽しく生きていけます。

しかし、こんなふうに反論してくる人がいるかもしれない。

「言いたい事は解ったけど、でも、結局、お金がないと生きていけないと思う」

仰る通りです。もし、これを読んでいるあなたが生活困窮しているなら、遠慮なく、生活保護を始めとする、社会保障をじゃんじゃん、どんどん使いましょう。

 

以下のサイトを参考にしてください。

seikatuhogotaisaku.blog.fc2.com

www.shiruporuto.jp

「生存に許可がいらないこと」、「強さとは助けてを言えること」

この二つが解っているなら、胸を張って、使えるはずです。

生活保護を使って、元気になってから、ゆっくりと働けばいいわけですよ

 

ぜひ、参考にしてみてください。

共に、社会不適合でも楽しく生きていこうではないか?!

会社に疲れている社会人達へ、働き方はすでに崩壊している、いつでも辞めれる準備をしておこう!

f:id:kentaroupeace:20171021153040j:plain

「日本の働き方は、もう崩壊している。

だから、定年まで頑張るとか考えるのはさっさと諦めて、貯金を貯めて、いつでも会社を辞めれる準備をしておいたほうがいいよ」

 

もし、誰かに上記のようなアドバイスをされたら、あなたはどう思いますか?

もしかしたら、「はぁ?、そんな軽い気持ちで仕事をするんじゃない!」と、怒り出す人達がいるかもしれません。

しかし、そんな怒り出す人達と同じぐらい、「やっぱりそうだよね?、こんな働き方を定年までやってたら、マジで地獄だよ、貯金を貯めて、辞める準備はしておいたほうがいいよね」と、共感する人達もそれなりにいるはずなんですよ

 

それぐらい、今、日本の企業は、ブラック化しています。

「ややブラック企業気味」か「すごくブラック企業」か、そのどちらかしか存在しないと言ってもいい。

いや、うちの会社はホワイトだよ、と反論する人もいるかもしれませんが、残念ながら、あなたがホワイトだ、と主張する会社も数か月後にはブラック化しててもおかしくない。

 

やはり競争社会、成果主義の世の中なので、会社の上層部は利益を得る事が出来なければ、どんな事をしても結果を出そうと考えます。

その「どんな事をしても」という想いが、今、ホワイト企業と言われている会社を、ブラックに染めてしまう可能性を作ってしまっている、と思うんです。

 

今の会社で定年まで働きたいですか?

しかし、中には、「今の会社で定年まで働きたいとは思わないけど、しょうがなくない?、俺(私)、30代だし、今さら転職活動する気力も体力もないよ」と、考える人もいるでしょう。

解ります、その気持ち。おそらく、その気持ちを解らない人は一人もいない。みんな、同じ不安を抱えている。

 

でも、だからこそ、いつでも辞める準備と心構えは持っているべきなんです。

「今の会社で定年まで働きたいですか?」と、質問されて、心の中で一瞬でも「NO」と思ってしまった人は、自分でも気がつかないうちに、相当なストレスを抱えている、と言ってもいい。

脅すわけじゃありませんが、うつになる危険性だってある

だから、「生活があるから、すぐに辞めるわけにはいかない」と思うなら、せめて、辞める準備を始めて、辞める心構えを持っておく。これは、すごく現実的な提案ではないでしょうか?

 

働き方は崩壊している

今、世の中、全体が疲れてしまっている、と思うんですよ。

もし、あなたがツイッタ―をやっていたら、ちょっと思い出してほしい。

必ずと言っていいほど、仕事の愚痴、会社の愚痴をつぶやいている人達がいるでしょ?

それも一人や二人じゃなくて、一気に5人ぐらい見かける事がある

あれって、僕、異常だと思うんですよ

 

実は、今回、僕がこんな記事を書きたくなってしまった理由もそこにあります。

これだけ過労死やパワハラの話題が多くなったにも関わらず、未だに会社で上手くやれない自分を必要以上に責める人達がいる。

 

そんな人達に声を大にして言いたい

「そんなに頑張らなくていい、無理しなくていい!、自分を責めなくていい」

 

友達とたまに会っても、仕事の愚痴、上司の悪口が本当に多い。

ある友人はこんな事を言ってました。

店長をやっているんだけど、新人がすぐに辞めて行くので、なかなか後輩が育たない。

会社内では、自分をエリアマネージャーに出世させる話しが出ているんだけど、後輩が育たないので、いつまでも店長のままでいる。

 

他にも、こんな事を言っていた友人もいました。

パワハラ上司と数年間、同じ部署で働いていた。毎日、辞めたいと思っていたけど、我慢の甲斐あって、その上司がいなくなって天国がやって来た。

しかし、数年後、変わった上司は、またパワハラ上司で、またもストレスだらけの毎日がやって来てしまった。

その友人は、帰り際にぼやいていました

「どういう上司の下で働くかで自分の毎日の気持ちが決まっちゃうって、考えるとさぁ・・・会社って、ほんとうにくそだよなぁ・・・」

 

こういう話しを聴くと、改めて思う。

「日本の働き方は、もう崩壊している、定年まで働いて、退職するという働き方が夢物語になっている

労働者たちの気持ちが定年まで耐えられなくなってしまっている」

 

だから、あなたが会社を辞めたいと思うのは、当たり前の事なんです

自分を責めないでください。

 

もし貯金も無くて、会社を辞められないなら、すぐに生活保護を始めとする社会保障制度を検討してください。

以下の記事をぜひ参考にしてください↓

seikatuhogotaisaku.blog.fc2.com

共に、仕事のために働くのではなく、生きるために働こうではないか?!

相対的貧困は何が問題なのか、一緒に考えてみませんか?

f:id:kentaroupeace:20171018022006j:plain

突然ですが、相対的貧困という言葉を知っていますか?

知らない人のために、ちょっと説明させてください。

 

一般的に、貧困には二種類ある、と言われています。

一つは、絶対的貧困

絶対的貧困」とは、飢えに苦しむアジアやアフリカの子供達のように「生きるか死ぬか」というレベルでの貧しさを意味します。

国連では、1日2ドル未満の生活を「絶対的貧困」と定義しています。

 

二つ目は、相対的貧困

今の日本の社会で問題になっているのは、主にこの「相対的貧困」です。

「相対的」とは、「他と比べてどうか?」という意味。

人はみんな社会の一員として生きていています。

相対的貧困」は、僕らが所属している社会の中で、周りと比べて、その人の暮らしは人間らしい暮らしと言えるのだろうか?、という問いを持っているわけです

 

まとめると、こういうこと↓

絶対的貧困】・・・人間として生きて行くのが困難な状態(発展途上国

相対的貧困】・・・その社会のメンバーとして生きて行くのが困難な状態(先進国)

 

さぁ、なんとなく「相対的貧困」を理解して頂けたでしょうか?

僕は、よく飲み会や交流会などで、自己紹介をする時、貧困問題をテーマにしている当ブログの事を語ります。

そして、このブログの事を説明すると、よくこんな質問をされる。

「日本の貧困は何が問題になっているんですか?」

 

僕としては、日本の貧困問題に興味を持ってもらうのは嬉しい事なので、なるべく丁寧に上記に書いたような「絶対的貧困」と「相対的貧困」の違いを説明をします。

しかし、僕が「今の日本は、相対的貧困の問題が大きくなっているんですよ」と話し終わった瞬間に必ずと言っていいほど、二つ目の以下の質問が飛んで来る。

 

『えっ?、それって何が問題なんですか?

確かに、絶対的貧困は生きるか死ぬかなので、深刻な問題だと思います。

でも、相対的貧困は人と比べてどうか?って事なんでしょ?、そんなの比べても仕方がないと思うんですよ

格差はいつの時代にもあったし、贅沢を言ってたら、きりがないでしょ?』

はい、この二つ目の質問、本当に最近、よく聞かれるんですよ

確かに、死ぬわけじゃないんだから、そこまで問題にする事じゃない、という気持ちはよく解る。

しかし、僕はそれでも「相対的貧困」は問題である、と断言したい

今日はその理由をじっくりとご説明したいと思います。

理由は大きく分けて、二つあります。

 

その1・相対的貧困絶対的貧困の予備軍だから問題だ

結局、相対的貧困絶対的貧困の予備軍である。

こんなふうに言ったら、皆さんはどう思うでしょうか?

 

僕は、より貧困問題を解りやすく伝えるために、いつも以下のように説明しています

相対的貧困=貧乏

絶対的貧困=貧困

 

貧乏と貧困は違います

年収200万円ぐらいの非正規でも、健康で、仲間がたくさんいて頼る人がいたり、親と仲が良くて実家暮らしだったり、それなりにまとまった貯金があったりすれば、貧乏かもしれないけど貧困ではありません。

 

貧困とは、不健康で、仲間もいない、親とも仲が悪い、貯金もまったく無い、本当に誰にも頼る事の出来ない状態を言うのです。

貧困になってしまうと、最終的には、生活保護に頼るしかありません。

 

さて、こんな事を言うと、きっと、「ほら?、やっぱり相対的貧困は貧乏だから問題ないじゃん!」と言う人がいるかもしれない。

ところが、大問題なんです。

 

ちょっと想像してみてください。

あなたの友達にA君(20代後半)という青年がいたとしましょう。

A君は、フリーターです。廃品回収、コンビニバイト、塾の講師などの仕事を掛け持ちして、年収300万円の収入を得ています。

仲間はいますが、親との関係は悪く連絡を取っていません。貯金もそんなにない。

しかし、A君は将来を不安に思う事はなく、あっさりとこんなふうに言います。

「貧乏だけど、気にしてない、お金が無いと生きていけない、って言うのは幻想だよね、お金が無いと生きて行けないって訴える人は、単純に贅沢なだけでしょ!」

 

ところが、ある日、事態は一変します

A君は、廃品回収の仕事をしている時、腰を強打し、痛みでそのまま動かなくなってしまいます。すぐに医者に見せると、全治半年と言われ、絶対安静の指示を受けました。

 

さぁ、さすがのA君も慌てます。仕事を休まなくてはいけないからです。

貯金は数か月やって行くぐらいしかありません。親も仲が悪くて頼れない。

そこで、A君は仲間に助けを求めます。結果、仲間達の救済募金で数万円集まりました。

 

しかし、半年分の治療費+食費、家賃、スマホ代などの事を考えると、まだまだ足りない。

A君は、仕方なく生活保護を検討する事になります。

 

ここまで、A君のエピソードを読んで、皆さんはどう思ったでしょうか?

きっと、「生活保護があって良かったね」と言う感想を持つ人もいれば、「ちょっとしたアクシデントで生活保護に頼らなければならないなんて、恐ろしい」と思った人もいるでしょう。

  

僕の考えを書いておきます

腰を怪我する前のA君は相対的貧困状態でした。家もあるし、仕事もあるし、仲間もいる。

貧乏ではあるけれど、ホームレスやネットカフェ難民というわけじゃなかった

だから、贅沢を望まなければ生きて行く事が出来た。

 

けれど、腰を痛めるというたった一つのアクシデントによって、A君は生活保護を使わなければいけない状態に追い込まれ、限りなく絶対的貧困状態に近づいてしまった、と僕は思うんです。

 

こんな事を考えて行くと、僕はある一つの結論に辿り着きます。

相対的貧困絶対的貧困の予備軍でしかない、という結論です。

だからこそ、相対的貧困は問題なんです

先ほど、貧困とは、不健康で、仲間もいない、親とも仲が悪い、貯金もまったく無い、本当に誰にも頼る事の出来ない状態である、とお伝えしました。

これは逆に言えば、健康、仲間、親、貯金のどれかを失えば、誰でも絶対的貧困状態になる可能性がある、と言う事です

ですので、繰り返しになりますが、もう一度言います。

相対的貧困絶対的貧困の予備軍である。そこが、問題です。

 

その2・今後、格差はどんどん広がって行く可能性があるから問題だ

冒頭で、相対的貧困とは、「他と比べてどうか?」という問いを持っている、とお伝えしました。

その社会のメンバーとして生きて行くのが困難な状態である、とも言いました。

要するに、格差の問題ですね、その2では、格差の問題について考えて行きましょう。

よく相対的貧困の説明すると、「人と比べてもしょうがないでしょ?、格差はいつの時代もあったし、贅沢言い出したら、きりが無いでしょ!」と、怒られる事があります。

きっと、そうやって怒る人の心理を想像すると、次のような意見になるのではないでしょうか?

 

「たとえば、貧乏なのに、古いデザインのスマホじゃなくて、最新モデルのスマホがいいとか、中古のパソコンじゃなくて、最新のMacがいいとか、そういう事を比べる事が相対的貧困なら、それは、はっきり言って単なる贅沢でしょ?、しょうがないじゃん」

この意見については、僕も賛成です。しかし、僕が相対的貧困の観点から問題視する「格差」は、そういう事ではありません。

 

もう一度、冒頭の文章を思い出してください。

その社会のメンバーとして生きて行くのが困難な状態を相対的貧困状態である、と説明しました。

では、その社会のメンバーとして生きて行くのに、何が必要でしょうか?

いろいろと思いつくと思いますが、ここでは医療を考えてみましょう。

誰もが病気になった時、医療を受けて、治療する事が出来る社会。僕たちの国は、そういう社会を目指して、実現させて来ました。

 

しかし、そういう誰もが当たり前に医療を受けれる社会が脅かされている、と言ったら皆さんは大袈裟だ、と笑うでしょうか?

実は、とても笑い話しで済ます事が出来ない社会が少しずつ忍び寄って来ています。

最近、社会学者たちの間で話題になっている2025年問題がそれです

 

「2025年問題」とは、団塊ジュニア世代の親である団塊世代(1947年~49年生まれ)が、このタイミングで、ついに全員75歳以上の後期高齢者になり、少子高齢化が悪化するという問題です。

数字にすると、2025年には、国民の5人に1人が75歳以上、3人に1人が65歳以上になると言われています。

「2025年頃には、認知症の患者が急増し、認知症を患う老人達が市街地をうろつくようになる光景は当たり前になる」と、恐ろしい予言をする学者もいます。

 

このまま少子高齢化が進めば、日本の経済力はますます弱くなる。そして、それに伴い「格差」も深刻なレベルで広がって行くと、僕は考えています。

そうなると、医療を受けれる人達と医療を受けれない人達の差がはっきりと分かれて行く。

これこそが、相対的貧困の二つ目の問題点です。

今回は長くなるので、「では、どうすればいいのか?」という解決策は書かないでおきます。

しかし、まずは、相対的貧困が社会的な問題である事をしっかりと認識すること

それが大切なんじゃないか、と思い、こんな記事を書いてみました。

ぜひ、皆さんのご意見を聴かせてください。

共に、相対的貧困を考えて行こうではないか?!