脱貧困ブログ

ひきこもり、ニート、うつ病、障害者、ネットカフェ難民、ホームレス、パワハラ、貧困状態の人を助ける情報を発信して行きます

「いつかやる」の「いつ」っていつだ?、目標を確実に達成するたった一つの方法

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「いつかやってみせる!」

飲み会でこんなふうに宣言している人を見た事ありませんか?

 

しかし、だいたい「いつかやる」と宣言した人がいつかやる事はありません笑

ほとんど、やるやる詐欺で終わって行く。

今、この記事を読んで、ドキッとした人はいませんか?

 

何を隠そう、私もドキッとしている一人です笑

私も毎年、毎年、「今年こそこれをやる」と思っていても、やらないで終わって行く。

どうして人は目標を決めても、やらないで終わって行くのか?

今回、一緒に考えてみましょう。

 

みんな、やらない原因は解っている

多くの人が、なぜやるやる詐欺で終わってしまうのか?、の答えを知っています。

簡単ですよね。期限を決めてないから

何年何月までに、これをやると決めて、逆算的して目標に向かって進んで行けば必ず達成できるはずです

 

当たり前の事ですね。

けれど、それも出来ない。いつまでに決める、という期限を決めても、かなりの確率で期限を超えてしまう。

そして、「あぁ~、期限を決めたのに、目標達成できなかったぁ~、俺(私)って駄目だなぁ~」と、自己嫌悪を感じてしまう。

この問題、覚えのある人もいるでしょう。

どうすればいいんでしょうか?、この問題は、当ブログのテーマである貧困問題と深く関わっている問題でもあるんです。他人事ではありません。

 

脱貧困するために目標達成が重要

たとえば、低収入な若者が、「このままだと深刻な貧困になってしまうから、貯金を貯めよう」と考えます

そこで、若者は、さっそく目標貯金金額といつまでに達成するかの期限を決めました。

しかし、最初は、順調に貯金して行きますが、だんだんと雲行きが怪しくなって行く。

しだいに、「ちょっとぐらいなら使ってもいいだろう、次の日に今日使った分のお金を節約をすればいい」と、思ってしまうようになるんです。

 

んで、結局、目標の期限が決ても達成出来ずに、誘惑に負けた自分を嫌いになって行く

何が問題だったのか?、私の意見を言いましょう

 

目標は低くていい、小さいほうがいい

答えは、またも簡単です。

目標が高すぎるんですよ。だから、期限を決めても失敗するんです

 

私の好きな本に地雷屋さんという人が書いた「脱ニート完全マニュアル」という書籍があります

元ひきこもりニートがリアルに教える! 脱ニート完全マニュアル

元ひきこもりニートがリアルに教える! 脱ニート完全マニュアル

 この本の表紙には、石原まこちんさんのこんな推薦文が書いてあるんです。

 

ニートに限らず、私を含めた「心の虚弱体質さん」すべての方におすすめです。

背中を押してくれる本は、この世にあふれています。

しかし、立ち上がってもいない人間の背中を押されても・・・という感じですよね

この本は、まず布団から出ることを教えてくれる本です

 

これだ!、と思いました笑

長年、ニートをやっている人に、いきなり「仕事をみつけろ!」とか言っても、目標が高すぎる。

だから、まずは、ニートに「布団から出る」事を呼び掛けているわけなんですよ

「いや、いや、レベルが低すぎるでしょ?」と、つっこみたくなっているかもしれません。

が、うつやニート経験が長い人だと、本当に布団から出るだけでも一苦労なんですよ。

 

ですので、ニートにとって、「布団からとりあえず出よう」という目標は、とても現実的で達成しやすい目標なんです。

私もこの感覚を見習う事にしました。

変に高い目標を目指すのではなくて、自分にあった小さい目標を立てる

そして、一つ一つ達成感を感じて行く。

これこそが、目標を達成する一番の方法です

 

どうでしょうか?、あなたの目標は自分にあった目標ですか?、大きな目標を立てて、挫折する可能性はありませんか?

共に、一歩一歩進んで、小さい目標をクリアして行こうではないか?!

人を助ける時は、裏切られる覚悟を持つべき理由と生活保護の重要性

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当ブログは、貧困問題をテーマにブログを書いています

人と会った時に、私が貧困問題をテーマにブログを書いている事を言うと、たまに、こんな答えが返ってくる事があるんです。

「貧困の人達とは、関わらないほうがいいですよ、痛い目に合いますよ」

 

なぜ、こんな意見を言うのか?

話しを詳しく聞いてみると、「貧困の人達と関わるな」、と忠告してくる人は、実際に貧困状態の人に会った事がある、と言うんです。

それも、ただ会っただけじゃなくて、貧困状態の人を助けよう、と試みた事がある人なんですよ

 

不思議に思いますよね。

なぜ、貧困状態の人達を助けよう、と思った人達ほど、のちに「貧困の人達とは関わるな」と、忠告するようになるのか?

答えは意外に簡単です。

それは、「助けた恩を仇で返される」経験をたくさんしているからなんですよ。

どういう事か、説明しましょう。

 

社会的弱者のSOSをあなたは受け取りますか?

たとえば、ツイッタ―などで生活に困窮している人から連絡が来た、としましょう。

ここでは、A子さん(30代、女性)からSOSが来たと仮定して、話しを進めて行きますね。

 

A子さんは、彼氏と同棲中です。つき合い始めは、楽しく生活していましたが、やがて彼氏からDVを受けるようになります。

さらに、A子さんは、自身の発達障害の影響で、なかなか仕事が上手く行かずに、うつになってしまいました。

家族とも絶縁状態で、友達もいないA子さんは、頼る人がいません。

そうなると、同棲中のDV彼氏に経済的に援助してもらうしかない

 

しかし、A子さんの心は限界です。もう我慢の限界に来ています。

どうすれば、いいのでしょうか?

もし、あなたがA子さんから「助けてください」と、連絡を貰ったらどうしますか?

この時点で、めんどくさい事に巻き込まれるのは嫌だ、という理由で、無視する人もいるでしょう。

べつに、それを非難するつもりはありません。なぜなら、実際にめんどくさい事になるからです。

Aさんを助けようとした後の展開を想像してみましょう。

 

社会的弱者がいい人とは限らない

もし、この記事を読んでくれている人の中に、正義感が強い人がいたら、迷わずに、「助けます」と、宣言するでしょう。

私も脱貧困をテーマにブログを書いているぐらいなので、ご連絡を頂ければ、支援団体を通じて、生活保護に繋げます。

 

しかし、ただ正義感だけでA子さんを救済しようとするのは、とても危険なんですよ

と言うのも、A子さんがだんだんとこちらを攻撃するようになる可能性があるからなんです

「もしかしたら、A子さんが自分を攻撃してくるかもしれない」という覚悟なしで、助けようとすると、こちらの心が崩壊するかもしれません。

 

その理由を説明しましょう。

最初は問題なく、A子さんとやり取りをしている。

しかし、だんだんとA子さんのこちらに対する依存度が強くなって行きます。

 

たとえば、夜中にLINEを30通ぐらい送りつけて来たりする。

それも、「本当に大丈夫でしょうか?」、「今、不安で眠れません」、「死にたいです」とか、ネガティブなメッセージばかりです。

こちらも仕事があるので、そのすべてのメッセージに返信していると、仕事に支障が出てしまう。ですので、申し訳ないけど、既読スルーをするようになる。

 

すると、A子さんの態度が急変します。

「てめぇ、何で無視するんだよ!」、「私を騙したのか?裏切り者」、「偽善者」などの暴言をガンガン送りつけて来ます。

こうなると、こっちの心が崩壊してしまう。あなたは、結局、A子さんをブロックしていまいます。

そうです、結局、A子さんを助ける事が出来なかった、という事になるんです。

 

このお話しは、私が作った架空のストーリーです。

しかし、現実に起こりうる限りなくリアルに近いお話しなんですよ。

冒頭で紹介した「貧困状態の人と関わらないほうがいいですよ、痛い目に合いますよ」と、忠告してきた人達は、こういう経験をたくさんしている人達なんです

だから、「貧困状態の人達と関わるな」と、忠告して来る。

 

気持ちは解る。実は、私も経験した事があります。

ここで、こんな意見を持った人達がいるかもしれない

「貧困状態の人達と関わるのは、確かに、大変だけど、なんか悔しい、なんとかならないのかな?」

この気持ちも、とても解る。私の意見を言いましょう。

なんとかなります、ただ、なんとも出来ない事もある。

 

結局、私達が出来る事は、生活保護障害年金に繋げるところまでです。

なので、生活保護障害年金、福祉に繋げるところまでは出来るけど、その先はご本人しだいなんですよ。

悔しいけど、それが現実です。

でも、誰かを助けたいと思ったら、その現実をちゃんと理解しておくこと。それが、最初のステップであり、基本ではないでしょうか。

そして、もしかしたら、助けようとした人が自分を攻撃してくるかもしれない可能性を覚悟しておく。

この二つが重要になって来るんです。

出来る事と出来ない事をしっかり理解して、出来る事を精一杯やる。

共に、出来る事をコツコツやって行こうではないか?!

恋愛することに疲れた人へ、異性に恋させる技術を捨てよう!

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最近、恋愛する事に疲れている人が多い

そんな事を思っているのは、私だけでしょうか?

 

みんな、心のどこかでドラマや映画で観るような素晴らしい恋愛を現実の世界でもしてみたい、と願っている。

でも、現実は想像通りには行かないみたいです。

 

女性なら、好きになった人が身体目的でガッカリしたり、二股、三股されて悔しくて、悲しい想いをしたかもしれない。

男性だって、めちゃくちゃ好きだった彼女がいつのまにか他の男に寝取られて、ふられたり、「捨てられたくない」という気持ちが強くなって、彼女の我儘を必要以上に聞いてしまって、心が疲れてしまった事があるかもしれない。

 

んで、そんな事を何度か味わううちに、「恋愛は、もういいや、疲れるだけだから・・・」と、つぶやいてしまう。

今はこんなふうに恋愛に絶望している人が急増していると思えてなりません。

最近、若い女性たちで話題になっている「パパ活」も、「彼氏とかめんどくさいから、お金を支援してくれるパパでいいじゃん!」という恋愛に対する絶望感から来ているのではないでしょうか。

 

でも、不思議ですよね。恋愛って、本当はもっと楽しい事だったはずです。

学生時代のワクワク感は、どこへ行ってしまったんでしょうか?

今回は、恋愛に疲れてしまったあなたと一緒になぜ私達は恋愛に絶望するようになったのか?を考えてみたいと思います。

 

恋愛テクニックが疲れさせるんじゃない?

結論から言うと、巷にあふれる恋愛テクニックが疲れさせているんじゃないか?、と思うんです。

もっと言うと、異性に恋させる技術ってやつですよ。

 

たとえば、男性目線で言うと、「LOVE理論」とか「恋愛工学」で紹介さているテクニック、技術がその代表です。

LOVE理論

LOVE理論

ぼくは愛を証明しようと思う。

ぼくは愛を証明しようと思う。

 「女性の話しを徹底的に聴いて、とにかく褒めましょう」とか「アメとムチを使いわけましょう」とか、そういうアドバイスをよく聞きますよね。

私も20代前半の頃、モテたくて、美人とエロい事がしたくて、そういうテクニックを追いかけた時期がありました。

でも、だんだんと疲れて来ちゃった、むなしくなっちゃったんですよ

なぜ、疲れちゃったのか?、それは、相手の事を見ているようで、見ていないからです

結局、相手を支配、コントロールするための技術でしかないからなんですよ

 

べつに、私はここで綺麗ごとを書きたいわけじゃない。

さっきも書いたように、美人とエロい事をしたいし、モテたい。でも、そのために異性に恋させる技術に頼るのは辞めにしよう、と提案したいんです。

 

べつに、私のように疲れちゃったり、むなしくならないなら、引き続き、異性を口説くテクニックを勉強して頑張ってほしい。

でも、むなしさを感じちゃったり、疲れちゃったりしたら今から提案する事を考えてほしいと思います。

 

仲の良い異性の友達をつくろう

仲の良い異性の友達をつくる。これです。

当たり前すぎて、拍子抜けしました?

 

でも、この提案は原点回避ってやつなんですよ。

学生時代、クラスメイトと友達になって、自然と恋愛関係になって行った。

あの自然な感じをもう一度、目指すんです。

あの頃は、「LOVE理論」も「恋愛工学」も知らなかったけど、楽しい恋愛をしていたりしませんでしたか?

 

何で昔は楽しい恋愛が出来たのか?、と考えると、余計な事を考えないで、ただ相手とコミュニケーションを楽しむ事だけを考えていたからだ、と思うんですよ。

 

口説くとか、惚れさせるとかを一旦忘れて、ただ純粋に、相手とのコミュケ―ションを楽しむ。

 

恋愛に疲れている今だからこそ、最も基本的なコミュニケーションの定義を思い出しましょう。

共に楽しい恋愛を思い出して行こうではないか?!

大人になったら誕生日は人とのつながりを実感する日にしよう

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わたくしごとですが、昨日、誕生日でしたぁ~、めでたい!

すると、私の素晴らしき妹から、こんなLINEが来ました。

 

誕生日おめでとう、年々、誕生日が嬉しくなくなるね

健康第一で行きましょう。

 

妹よ、なかなか鋭い事を言うな(笑)

そうなんですよね、わたくし35歳になったんですけど、年々、誕生日が嬉しくなくなっていたんですよ

それは、なぜか?、理由は簡単。

 

どんどん中年に近づいているのを実感するからです笑

歳を取れば取るほど、身体は弱って来るし、病気にもなりやすくなって来る。

だから、誕生日をお祝いする気持ちになれなくなって来るんですよね

子供の頃、20代前半の頃は、誕生日が大人に近づいているようで、嬉しかった。

けれど、30代を過ぎると大人が身近になりすぎて、あんまり嬉しくなくなって来るわけです。

 

でも、大人になる事は悪い事ばかりじゃない。大人になると、一つの武器が生まれます。

それは、経験です。若い頃は、味わえなかった経験値を身につける事ができる

そこに大人になる事でしか味わえない誕生日の楽しみ方のヒントがあります

ご紹介しましょう。

 

facebookのお祝いメッセージはあなたの財産

大人の誕生日の楽しみ方のポイントは、自分が今まで会って来た人に注目する事です。

自分が今まで会って来た人というのは、ある意味、自分の財産と言ってもいい。

 

そして、今はfacebookを通して、今まで会って来た人達とつながりを保つ事が出来ます。

これって、すごい事だと思いませんか?

 

ネットが無い時代は、一年に一回、年賀状のやり取りぐらいしかなかった。

でも、facebookが誕生して、とりあえずいつでも交流できるようになった。

この事で、私達の誕生日の過ごし方も変わって来ました

 

facebookの誕生日お祝いメッセージが来るようになったんです

中には、このfacebookお祝いメッセ―ジを嫌がる人がいます。

たとえば、「どうせ、なんとなく、『おめでとう』って書いてるだけ」とか「ちょっとしか会ってない人にお祝いされても嬉しくない」などのネガティブな意見もあるかもしれない。

でも、私は、逆なんです。

たとえ、一回しか会った事がなくても、あまり交流が無くても、ちゃんと自分の時間を使って、その人とコミュニケーションをしたなら、その事には深い意味があるんです

なので、どんな理由にせよ、誕生日お祝いメッセージを貰うのは、嬉しい。

 

むしろ、今まで自分が積極的に会って来た人を思い出して、感謝と誇りの気持ちがわいて来たりするんです。

だって、そうでしょ?、その人に会ってなかったら、facebookで繋がる事もなかったんだから

私は、人と人とがつながるfacebookのロマンは、まだまだ死んでない、と思っているんです。

今、私のfacebook友達は、約800人ぐらい。

私は、基本的に会った事がある人しか友達承認しないので、800人近い人達と会って来たという事ですよね

そして、そのfacebookの友達、何人かにお祝いして頂けるという事は、なんだか自分が積極的に人と会って来た事を褒めてもらえているような気がして来るんです

 

若い頃の誕生日のように、大人になる事にワクワクする事は出来ないかもしれない。

しかし、歳を取れば取るほど、自分が経験した事が多くなるということ。

その中でも、今回は、人とのつながりに注目してみました。

あなたはどれだけの人に会って来ましたか?、その出会いを確認できるうってつけの機会が誕生日なんです。そのために、facebookを使ってみてください。

共に、つながりを確認する誕生日を味わって行こうではないか?!

ブログ飯に挫折した人へ、ブログの読者1000人の私が教えるブログで稼げなくてもブログを楽しむ2つの方法

ネット界には、ブログでお金を稼ぐ、ブログ飯、という夢があります。

詳しくは、こちらの本を読むと、よく解るので、読んでみてくださいね↓

ブログ飯 個性を収入に変える生き方

ブログ飯 個性を収入に変える生き方

 んで、AdSenseやアフィリエイトでお金を稼ぐ事に多くのブロガーが夢中になる。

しかし、ほとんどのブロガーが挫折します

 

しかも、ただ挫折して、何か他の楽しい事をみつけられればいいのですが、中には、ブログそのものを恨んで辞めてしまう人達がいるんですよ

「ブログ飯なんて、出来ないじゃないかぁ!、無駄な時間を使わせやがって」とか「アフィリエイトで稼ぐなんて無理ゲーだよ、夢を見させた奴らが許せねぇ」

 

こんなふうに、ブログそのものを嫌いになっちゃう人達が多い。

皆さんもツイッタ―とかのつぶやきとかで見かけた事ない?

私は、こんな意見を見てしまうと、ブログファンとして悲しくなるんですよ

だって、そうでしょ?、ブログの面白さ、魅力はブログ飯だけじゃないんだから

 

そこで、今回は、ブログ飯だけじゃないブログの面白さを実感する方法を伝えて行きたいと思います。

ぜひ、参考にしてちょうだい。以下の2つにまとめました

 

ブログで伝えたい事を改めて確認する

ブログ飯に挫折して、ブログそのものを恨んでしまう人達には、共通の特徴があります。

それは、そもそもブログで伝えたい事がない、ということ。

 

これは、別に雑記ブログを批判しているわけじゃありません。

雑記ブログでも、一記事一記事に伝えたいこと、メッセージがあるものなんです

でも、ブログを恨んで辞めて行く人達は、お金を稼ぎたい、という目標が先にあるので、お金を稼げないと辞めて行ってしまうのではないか?、と思うんですよ。

 

これね、逆なんです。

伝えたい事が先にあって、その後にブログでお金を稼ぐ事が現実的になって来るはずなんですよ

プロブロガーの皆様、どうでしょうか?

たとえば、私の場合でご説明しましょう。

当ブログのブログ名は『脱貧困ブログ』です。ブログ名から想像すると解るように、「貧困問題」をテーマにしています。

とくに、考え方から脱貧困と生活保護の重要性を伝えること、この二つに重点を置いて運営しています。

ですので、この二つを読んでいる人達に伝えられれば、ブログを書く事がかなり楽しいんですよ。 

 

ここまで読んで、「俺(私)には、伝えたい事なんて無いんだよ」と、つっこみたくなった人がいるかもしれない。

でも、それは自分で気がついてないだけ。

自分の伝えたい事を発見する方法は意外に簡単です。

それは、自分の劣等感、コンプレックスに注目する事なんですよ

 

実のところ、私が貧困問題をテーマにブログを書きたくなった動機は、私自身が貧困予備軍である事でした。

皆さんにも何か劣等感、コンプレックスがあるはずです。

そして、その劣等感、コンプレックスの中に、どうしても伝えたい事が隠れている

ぜひ、探してみて

 

PVよりも読者数を意識する

頑張ってブログを更新しているのに、なかなかPVが上がらない。

悲しいですね、お気持ち解ります。当ブログも3年間、ブログを更新しているのに、月5万PVしかない(苦笑)

まぁ、検索に弱いライフハック系記事が好きなので、しょうがないかもしれませんね。

 

でも、PVが低いのに、なぜ3年間ブログを続けて来れたのか?

気になるでしょ?、気にならない人もちょっと聞いてください笑

それはね、ブログ読者数が増えて行ったからなんですよ

 

今年、当ブログは、はてなブログ読者数1000人を突破しました。

やっぱり、書いていて、読者が増えるのは嬉しい事ですし、励みになります。

なので、PVが低くて悩んでいる人は、まずは読者数を増やす事を目標にしてみてはどうでしょう?

 

ポイントはたった一つ

バズをおこす

これだけです。とくに、はてなブックマークからのバズは、読者が増えます。

 

まぁ、でも、何で時々、記事がバズるのか自分でもよく解ってないんですよ、実は笑。

ですが、自分の伝えたい事に忠実であれば、バズはやがてやって来る、と思うんです、はてなブログであればね。

ぜひ、参考にしてみてください。

共に、ブログを楽しんで行こうではないか?!

敗北とは、負ける事じゃない。自分が嫌いな人と同じ事をしてしまう事です

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勝負は何で決まるのでしょうか?

スポーツなら点数、ゲームも点数、ビジネスなら収益をどれだけ得たか。

おそらく、こんなふうに考える人が多いでしょう。

しかし、生きていくうえで、勝負はスポーツやゲームのように解りやすくありません。

 

なぜなら、感情が入って来るからです

「勝てば官軍」という言葉があります。意味は、「たとえ間違っていても、勝てばすべて正しくなる」ということ。

私達は、大人になればなるほど、この「勝てば官軍」という言葉を実感するようになります。

要するに、人として、ズルいこと、汚いことをやっても、勝ちさえすればいいと思っている人達をたくさん見る事によって、勝つ事のむなしさ、を理解して行く。

それが、大人になるという事だ、と私は考えているんです。

感情が入って来ると大人になる事を学ぶ。頭では理解していても、心が納得していないわけです

 

ですので、歳を取れば取るほど、自分なりの勝利の哲学、というものが芽生えて来ます。

よく不良漫画の台詞に出て来る「喧嘩に負けても、『参った』を言わなきゃ負けじゃねぇんだよ」ってやつですね。

今回は、私と一緒にあなたの勝利の哲学を改めて、確認してみましょう。

 

嫌な奴と同じ言動をしない

自分の勝利の哲学を確認するために、今からする質問に答えてみてください。想像してみてくださいね

あなたは学生で、ティッシュ配りのアルバイトをする事になりました。

しかし、通行人にティッシュを全然、受け取って貰えません。

あなたは次の二つのうち、どの感情になってしまいますか?

 

A・「こんなに貰ってもらえないなら、自分もティッシュ配布のバイトを見かけても、貰わないようにしよう。だって、自分だって、貰ってもらえなかったんだから・・・」

 

B「こんなに貰ってもらえなかったんだから、自分には貰ってもらえないティッシュ配布アルバイトの気持ちが解る。自分はティッシュ配布バイトを見かけたら、貰ってあげるようにしよう」

 

どうでしょうか?、AとB、どっちですか?

私は完全に、Bなんですよ。

このティッシュ配布アルバイトの例え話しは、どんな事にも応用可能です。

たとえば、仕事で上司にパワハラを受けた。だから、自分も後輩にパワハラをしてやろう、と考えるのか?

それとも、自分がこんなに辛かったんだから、後輩には丁寧に指導してあげよう、と思うのか?。これと、同じ問いですね。

先ほども言ったように、私は、「自分がやられて嫌だった事は、人にはしない」という勝利の哲学を持っています。

もっとはっきり言えば、自分がやられて嫌だった事を人にしてしまった時点で、自分が嫌いな人に負けた事になる、と思っているんです

 

逆に言えば、たとえ、自分の嫌い人にあらゆる事で負けていたとしても、同じような人間にならなければ負けではない。

そんなふうに考えています。

 

これは簡単に言えば、本当の勝負は、どんな哲学を持って、どんな生き方をしているか?、で決まるという事です。

さぁ、皆さんの勝利の哲学は、みつかりましたか?

共に、勝利の哲学を探して行こうではないか?!

お金を稼ぐのが下手な人へ、お手伝いの重要性を理解しよう

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昨日、プロブロガー・イケダハヤトさんがこんな事をつぶやいていました

すごく興味深い。

とくに「お金を稼ぐことが苦手なら、世の中に何らかの価値を生み出すことにチャレンジすると幸せになりやすいと思う」という部分に注目しました。

これは、ある意味、当ブログのテーマである貧困問題についてのつぶやきだ、と思うんです。

なぜなら、お金を稼ぐことが苦手な人は、貧困状態になってしまう危険性があるから

なので、イケダさんのつぶやきの意味をじっくり考えてみる事にしました。

 

お手伝いは生きる意味になる

最初、このつぶやきを読んだ時、ソーシャルビジネスの事かな?、と思いました。

ソーシャルビジネスとは、「社会問題(育児、介護、うつ、ブラック企業、貧困)を解決しながら、ビジネスとして成立させていく働き方」です

私は、イケダさんの言う「何らかの価値」とは、社会問題を解決する事だ、と考えたわけです

正直、ソーシャルビジネスは、お金儲けは出来ませんが、とても価値のある事です。

 

そこで、思い切って、イケダさんに質問してみました

こんな答えが返って来ました。

 

なるほどですよね

この感覚は、簡単に言うと、お手伝いをするという事です。

やっぱり東京にいると、誰かを手伝う事には、たとえお金にならなくても意義がある、という事を忘れてしまいます

薪を割るとか耕作放棄地を使う事が価値を生み、誰かの役に立つという感性は、高知(地方)にいるイケダさんならではの感覚ですね。

 

地方ならではの「誰かの手伝いをすることで役に立っている実感を味わう」という感覚は、東京にいる我々も身につけなければいけません。

ちょっと説明しましょう。

 

単職から多職へ

お手伝いの感覚を説明するには、岡田斗司夫さんの『僕たちは就職しなくてもいいのかもしれない』という本を読むとよく解ります

 ちょっと引用してみましょう。

これからの生き残り策は、崩れつつある単職になんとか自分だけ潜り込むことではなく、多職へとシフトすることにあります。

たった一つの仕事から、少なくとも10の仕事を持つ。

僕は、出来れば、50種類と考えています。50種類ぐらい仕事をしていれば大丈夫。

(中略)50種類も同時にできるような仕事って、はたして「職」と呼べるものなの?

 

たしかに、その多くは「職」とは呼べないものなんじゃないかな、と思います。お金になる時もあれば、ならない時もある。

赤字か黒字かという経営の話しだけでありません。

そもそも対価としてお金を貰う事もなく、お礼にちょっとした品を貰うだけ、奢ってもらって終わり、なんて事もあるでしょう。

こういうものを僕は「お手伝い」と呼んでいます。

お手伝いをいっぱいする。次々とする。お手伝い(=仕事)のサーフィンです。

仕事サーフィンこそが「多職」の正体なのです。

どうでしょうか?、この岡田さんが言っている『お手伝い』の感覚こそが、イケダさんがつぶやいていた「世の中になんらかの価値を生み出す」という事なのではないでしょうか?

お金を稼ぐ事が下手な人が増えて行く世の中です。

だからこそ、共にお手伝いをして、世の中になんらかの価値を生み出して行こうではないか?